なぜ「みかんまつり」? 国府津とみかんの関係
みかんの生産量が県内第1位の小田原市。栽培は江戸時代からと言われ、特に国府津は最も古い産地という説があります。今でも相模湾を南にのぞむ丘陵で栽培が行なわれ、そののどかな風景は、作曲家が童謡「みかんの花咲く丘」をつくる際に見た国府津の風景と変わっていないのではと思うほどです。また、給食でおなじみの「冷凍みかん」ゆかりの地でもあります。国府津に創業して114年の「株式会社 井上」が、「冬だけでなく、夏にもみかんを販売できないか」とみかんを冷凍するスタイルを考案。キンキンに冷えたジュースやアイスの販売が珍しかった1950年代、小田原駅の売店で販売すると、鉄道旅のお供として大ヒットしました。
かつては高値で取り引きされたみかん。みかん農家、卸問屋へ出稼ぎに来た人の寮が国府津にいくつもあって、まちは活気であふれていたそうです。
現在はみかんの価格の下落・農家の高齢化などから、国府津のみかん農家も数を減らしました。それでも毎年10月中旬になると、あちらこちらに「1袋100円」と書かれた手作りの無人販売所が現れ始めます。3月くらいまでの国府津の冬の光景です。
今年で3回目となる「みかんまつり」は、国府津とともに歩んできたみかんに感謝するまつりです。今年はみかんが全国的に不作で、国府津でも、「老木が虫にやられた」、「夏の暑さで木が枯れた」という声が農家から聞かれました。
来年もその先も国府津で「みかんまつり」ができるよう、跡継ぎ問題、耕作放棄地、温暖化というみかんを取り巻く現状にあらためて思いをはせるヤッホーメンバーです。







